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水曜日。自分の店の定休日を〈アベ〉のモーニングで始められたら、それだけでもう充足感がまるで違う。その日の朝の空腹度に合わせて、サイドメニューの品数と全体のボリュームを考える。コーヒーとトーストとオムレツが定番。でもたいていはポテサラも頼む。鞄から手帳を取り出して、この一週間を振り返り、次の一週間の予定を眺める。読もうと思って溜めていた雑誌や本を広げて目を通す。カップが空になっていることに気づき、コーヒーをもう一杯お願いする。間違いなく、ここは僕のオアシスだ。この空間の心地よさを、どうやってつくり上げたのか、二代目店主、安部芳樹さんに伺った。

〈アベ〉の始まりは昭和三十二年の三月。当時二十八歳だった、芳樹さんの父、茂樹さんが、現在地のやや東側で〈純喫茶アベ〉を開業した。喫茶店を営む父の姿を見て育った芳樹さんは、高校卒業後、都内の調理師学校に進む。昭和五十三年の国体開催地として松本がメイン会場に決まると、市は街のインフラ整備を本格化。駅舎改築と合わせて駅前再開発も加速した。いま〈アベ〉があるノバビルも昭和五十二年の暮れに竣工している。このビルの開業と同時に現在地で新装開店した〈珈琲美学アベ〉に、調理師学校を出て、さらに喫茶の専門校で学び、都内の飲食店も巡って見識を深めた芳樹さんが戻ってくる。

「空間の雰囲気がそこにいる人の気分をつくる」そう確信していた芳樹さんは、珈琲を美味しいと感じる空間をつくるべく、アートやアンティーク、植物の要素をひとつずつ取り入れて「アベワールド」を構築していった。例えば、カウンター正面の壁には、藤田嗣治の絵画『カフェ』が飾られているが、その中に描かれているグラスと同じグラスで供されるメニューがある。この徹底した創意工夫こそ「珈琲美学」を店名に冠する所以である。名物のモカパフェやカフェオレの演出も「美味しい」の手前に愉しさや驚きを置くことで、その美味しさが何倍にも膨れることを熟知している芳樹さんの美学に基づくアイデアだ。ユニークなモーニングの仕組みも然り。「まずは自分が楽しくないと」と、常に次のトライを続けてきた。

一方で、この先の展望を尋ねると「それはこっちだな」と、一緒に店に立つ息子で三代目の文人さんを振り返った。「この街の皆さんに選び続けていただけるように、日々目の前のことに取り組むだけです」間髪置かずそう言い切った文人さんに「積み重ねだな」と芳樹さんが言葉を重ねる。現在〈アベ〉は家族だけで切り盛りしている。芳樹さん夫妻と文人さん夫妻、文人さんのお姉さん。「家族事業は家族単位でやるのが一番」と芳樹さん。〈アベ〉の美学が文人さんに引き継がれ、この先どのように磨かれていくのか楽しみなのは、きっと僕だけでなく、この街に暮らし、〈アベ〉にオアシスを求めて通う誰もがそうなのだと思う。

text _ toru kikuchi
photo _ kokoro kandabayashi

DECEMBER.2018