7周年、ありがとうございます。

こんにちは。店主の菊地です。いつも栞日をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。栞日はきのう 8.17[月]、開業7周年を迎えることができました。これも一重に、普段から気にかけてくださり、それぞれのペースで通ってくださる地域のみなさま、そしてご遠方からであっても温かく見守ってくださる各地のみなさまのおかげです。また、栞日を運営する上で欠くことができないパートナーともいえるクリエイター、取引先のみなさまに、深く感謝いたします。そして、いつも栞日を支えてくれている大切な家族と、家族のようなスタッフたちに、心から、ありがとう。

2013年の夏、初めて栞日の扉を街に開いた日、7年後の世界がまさかこんな事態に陥っているとは想像だにしませんでしたが、数多のひとのやさしさと自然の恩恵に包まれて、変わらず栞日を営み続けることができています。これほど幸せなことは、ありません。

栞日、銭湯を引継ぎます。

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さて、冒頭から驚かせてしまったかもしれませんが、8年目の栞日には(この状況下、このタイミングで)事業がひとつ加わります。それも「継業」。しかも「銭湯」。栞日STORE(本店)の斜向かいにある、〈菊の湯〉です。

2018年の春先、栞日でマンスリーレター『a piece of』(現在休刊中)を発行しよう、という構想が生まれたとき、その誌面に、同じ街で長年ひとつの生業に向き合う先輩たちの話を聴き書きして掲載したいと考えました。そして、その連載コラム「masterpiece」で、最初に話を聴きたい!と思って訪ねた先が、目の前の銭湯〈菊の湯〉でした。

現在の店舗に移転した2016年の夏以来、僕たちは毎日のように、栞日の店内から向かいの銭湯を眺めてきました。暑い日も、寒い日も、営業開始の30分近く前から一番風呂のために並ぶ、ご近所さんたちの姿があり、風呂を待ちながら井戸端談義に花を咲かすその様子は、見ている僕らがつい微笑んでしまう、平穏で愛おしい街の風景です。きっと長く営んでいらっしゃるんだろうなぁ、と思い、話を伺いに訪ねたのです。

現オーナーの宮坂賢吾さんは3代目。もともとの家業は材木屋で、宮坂さんのお婆さまが職人さんの労をねぎらうべく、廃材を燃やして風呂を炊いたのが始まりといいます。その起こりは定かではないものの、100年近く遡るそう。昭和の初めに大衆に開かれた以降は、市民はもちろん、北アルプスから降りてきた登山者にも、街の湯屋として親しまれてきました。

ただ、風呂付き住宅が一般化してからは、当然のことながら需要が減って、全国の銭湯が苦境に立たされます。〈菊の湯〉も例外ではなく、この数年は、閉業することを考えては思い留まる、ということを繰り返していらしたそうです(もちろん、その現実を知ったのは、2年前の取材のときではなく、今回の継業について話し合いを始めてからのこと)。

宮坂さんは、「masterpiece」の取材以前から栞日のことを目に留めてくださっていたそうで、最近では僕が地域タブロイド誌「MGプレス」で参加しているリレー連載「水のおと」の記事や、まつもと市民芸術館の広報誌『幕があがる。』で連載しているエッセイ「街を耕す」をよく読んでくださり、(本当に有難いことに)そこに綴られた言葉たちに共感を寄せてくださっていたそうです。慕って通ってくださる常連さんや、ご自身も好きな銭湯があることで生まれる風景を想っては、湯屋をたたむことは踏みとどまり、でも経営する立場としては判断を迫られる状況も続き、という日々の中で、一緒に運営なさる奥さまとも「菊地さんに一度は相談してみようか」と話してくださっていたというから、これほど光栄なことはありません。

お声かけいただいたのは5月下旬。最初は、いまの栞日が「高橋ラジオ商会」の看板をそのままに(外観にはほぼ手をつけず内装中心の改装をして)営業しているように、この〈菊の湯〉の建物も、銭湯以外のコンテンツを入れ込むことで、あたらしい使い方ができないか、というご相談でした。が、僕は「銭湯を残したい」と云い張りました。「でも菊地さん、銭湯は本当に厳しいんです」。宮坂さんは幾度となく、僕に銭湯以外の道を勧めてくださいました。「でも」と、僕は引きません。話し合いを重ねる中で、宮坂さんが「わかりました。ありがとうございます」と仰ってくださったとき、どれほど嬉しかったことか。

銭湯がある街の風景

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松本の街を歩いていると、まだ幾つもの銭湯が残されていることに気がつきます。市民が自分たちの社交の場を大切に守り、引き継いできたことの証左でしょう。10年前、この街に初めて越してきた当時から、僕が好きな風景のひとつでした。暮らしているうちに、その風景を誇らしく思うようになりました。が、この街にはかつて、幾つもの映画館があったと聞いています。古本屋も、星の数ほどあったものだ、と長くお住まいのみなさんから聞きます。時代のニーズとの折り合いがつかなくなった、小さな、けれどそれゆえ豊かで人間味あふれる商売はどれも、限界まで踏ん張りつつ、その限界が訪れたとき、音を立てて一斉に街から姿を消してしまうものです。僕がこの街に来た10年前、既に市街地の映画館は一軒も残っておらず、古本屋も数えるほどになっていました。銭湯と、銭湯があるこの街の風景は、残したい。ずっと強く望んできました。だから(実は)、栞日を開業した7年前のその頃から、遠い将来、万が一、ご近所の〈菊の湯〉がいよいよ時代の流れに抗うことが難しくなって「閉じるらしい」という噂を耳にしたら、名乗り出よう、と決めていました。それがまさかこんなにも早く、このタイミングで巡ってことになるとは夢にも思いませんでしたが、巡ってきたものは、巡ってきたもの。やるだけです。

急展開ではありますが、この秋、10月1日から、経営と運営を継承します。

街と森を結ぶ湯屋

〈菊の湯〉を引き継ぐにあたり、決めていることがふたつあります。

第一に、いま〈菊の湯〉を慕って日常使いなさっている、ご近所の(多くはご年配の)みなさんにとって、変わらず心地よい湯と場であり続けること。

第二に、地域と地球の環境に配慮した、エコ&ヘルスコンシャスで持続可能な銭湯に段階的にアップデートしていくこと。この山岳文化都市、松本で営む銭湯であるからこそ、「街と森を結ぶ湯屋」を目指します。

ひとつめは事業継承者として当然の態度として、ふたつめについて少しだけ。

銭湯を持続可能な場として育む上で鍵を握るのは、僕たち子育て世代、そして、僕たちよりもさらに若い世代だと考えています。風呂付き住宅が一般化したあとの日本に生まれ育ち、銭湯に行くことそのものに馴染みがなく、実際、銭湯に行くことは稀な僕たちが、子どもを連れて、友人と連れ立って、(この状況下である限りは、もちろん適切な距離と作法を保ちながら)銭湯に通うようになったとき初めて、現代の銭湯は本来の姿 – すなわち、あらゆる世代がひとつの湯という場を共有し、その中で地域のさまざまなコミュニケーションが交わされ、年少者は年長者から社会のマナーを学ぶ、という社交場の姿 – を取り戻せるのではないか、という仮説です。湯屋を営む側だけでなく、訪れる側でも、世代間の継承が自然と巡り出したとき、銭湯は持続可能な場に育つのではないでしょうか。

そこで僕が注目したいのは「環境」と「健康」。「そのキーワード、いまさら?」と思われるかもしれませんが、このコロナ禍が人類に突きつけた過剰な資本主義経済の限界を目の当たりにした「いまこそ」改めて、地球と地域の環境に配慮した、訪れる地域のみなさんが心身ともに健やかになれる、ささやかでも豊かな銭湯を営むことで、「親密で持続可能な地域経済」が循環する未来を模索したい、と考えています。

また、その未来のためにも、街のなかにあるこの湯屋を、この街をぐるりと取り囲む山々の自然との結びつきを感じられるような場にすることで、街場に暮らす僕たちが森や水に想いを馳せることができたら、と願っています(僕もこの継業の打合せを進める中で初めて知ったことなのですが、〈菊の湯〉の湯は松本城下の豊かな湧水を沸かしています)。

そして、この「環境」と「健康」に配慮された「街と森を結ぶ湯屋」という構想に共鳴して、この銭湯に出かけてくれる同世代や、僕たちよりも若い世代が、この街にも一定数いることに賭けてみたい、と思うのです。自分たちが見たい未来の景色は、自分たちの手で描いていくものだから。

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〈菊の湯〉を「環境」と「健康」に配慮された「街と森を結ぶ湯屋」にアップデートしていくための具体的な手法については、目下検討中なので、後日、改めてお伝えさせてください。そして、きょうの現時点では、以下3点を予告させてください。

予告01|リビセンと一緒につくります。

〈菊の湯〉を引き継ぐこのタイミングで、「街と森を結ぶ湯屋」の実現に向けたアップデート第一弾を実施するために、適度なリノベーションと幾つかの備品の導入を計画しています。心地よい空間を生み出してくださることを確信しているから、というだけでなく、「環境」と「健康」というテーマだからこそ、今回のプロジェクトには、4年前の栞日移転・栞日INN開設のときと同じく、空間デザイナー・東野唯史さん率いる、上諏訪の古材屋〈ReBuilding Center JAPAN〉に全面的にお力添えいただきます。

予告02|クラウドファンディングにトライします。

そして、このプロジェクトを推進するための資金を、世の中にこの趣旨の銭湯の必要性を問う、という意味合いを込めて、これもまた4年前の栞日INN開設に向けて実施して以来の、クラウドファンデングで募れたら、と企画しています。

予告03|湯屋チーフを求人します。

さらに、〈菊の湯〉を運営するにあたり、あたらしい栞日メンバーを募集します。湯屋チーフのポジションです。近々、詳細をリリースします。

すこしはぐれて あすは栞日

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4年前の移転リニューアルオープンのとき、詩人のウチダゴウさんが書き下ろしてくださった栞日の詩は、「すこしはぐれて あすは栞日」というフレーズで締め括られます。書店、喫茶店、宿、ギャラリー、そして銭湯。栞日が営む場は、一見ばらばらで、この時代においては明らかに「不要不急」な空間ばかりですが、そのどれもが、この街に暮らす誰かにとって、この街を訪れる誰かにとって、日常あるいは世間から「すこしはぐれて」向かう先になったら、と願っています。

二十歳の僕が、まだ何屋にするかも決めていないのに、先走って名付けた「栞日」という屋号には、当初から(いまも栞日のWEBサイトに掲げている)こんなステートメントを添えていました。8年目の初日に、自分の胸に刻むためにも、その言葉たちを改めて引いて、この長い文章を結びたいと思います。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。これからも、栞日を、どうぞ、よろしくお願いいたします。

栞の日と書いて、sioribiと読みます。

栞の日。それは、流れ続ける毎日に、そっと栞を差す日のこと。
あってもなくても構わないけれど、あったら嬉しい日々の句読点。
さざ波立っていた心が凪いで、ふっと笑顔が咲くような。

今日が、あなたの栞日になりますように。

菊地徹 / 栞日

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